スペシャルインタビュー<1> 服部克久 × ホベルト・メネスカル

日ブラジル協同制作楽曲 “朝の微笑(A Manhã Já Sorriu)” について

作詞:ベルナルド・ビッテンコート
作曲:服部克久、ホベルト・メネスカル
歌唱:オス・カリオカス(Os Cariocas)

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<作曲>
Roberto Menescal
<プロフィール>
ボサノヴァ誕生前夜~ボサノヴァ創成期~今日に至るまで半世紀以上にわたる、ボサノヴァ・アーティストとしての活動功績に対し2013年ラテン・レコーディング芸術科学アカデミーから特別功労賞を授与された作曲家、ギタリスト、ヴォーカリスト、プロデューサー。

今でこそ、多くの日本人アーティストがリオデジャネイロを訪れレコーディングやLIVEを行っていますが、まだボサノヴァ創生期とも言えた1967年ごろリオデジャネイロを訪れた日本の音楽家はとても少なく、渡辺貞夫、中村八大、服部克久以外、私の記憶にはありません。今回、その一人であり日本を代表する音楽家“服部克久”さんとのコラボレーションにより制作した楽曲「A Manhã Já Sorriu(朝の微笑)」を、私の敬愛するブラジルのコーラスグループ“オスカリカス”の歌唱によりリリースできたことは大きな喜びです。これを契機にブラジルと日本の音楽交流を、ますます促進してゆきたいと思っています。そして服部克久さんの華麗なストリングス・アレンジによるボサノヴァ・サウンドや日本で最も著名な音楽一家である“服部ファミリー”のメロディーをボサノヴァのリズムでカヴァーする企画などにも挑戦してみたいものだと考えております。

by ホベルト・メネスカル

服部克久2014-1
<作曲>
服部克久
<プロフィール>
パリ国立高等音楽院修了。日本を代表する作編曲家。自身の作品を集めた「音楽畑」シリーズや自身の率いる東京ポップスオーケストラの活動
(米国国連総会会議場やカーネギー・ホール等での演奏)は海外からも高い評価を得ている。前日本作曲家協会会長、現在、日本作編曲家協会会長、東京音楽大学客員教授。

ボサノヴァという音楽が初めてボサノヴァと呼ばれたのが1957年、初めてレコード発売されたのが1958年、そして1962年にカネギーホールで開催されたコンサートを契機にボサノヴァは日本を含む世界中に波及してゆきました。そんなボサノヴァ全盛期に、私はリオデジャネイロ国際音楽祭に招かれ、今ではすっかり伝説の人となった外交官、戯曲家であり作詞家の “故ヴィニシウス”やピアニストであり作曲家の “故トム・ジョビン”たちと同席し、自身が作曲した「ただそれだけ(作詞:片桐和子、歌唱:中尾ミエ)」で金賞を受賞した想い出があります。今でもブラジルを訪ねるには30時間前後かかりますが、当時はアンカレッジ経由ですからどのくらい時間がかかったことか?はるか昔の遠い懐かしい記憶です。今回、その頃からボサノヴァ一筋に活躍を続けるミスター・ボサノヴァ“メネスカル”さんとブラジルの至宝と言われるコーラスグループ“オス・カリオカス”とのミラクル・コラボレーションで作品を発表できたことをとても嬉しく思っています

by 服部克久